第一章
コーヒーと悪寒
街は祝祭の熱に浮かされていた。バーからは音楽が流れ、通りは人で溢れ返っていた。
ラファエルはすでにビールを三本空け、ある期待を抱いている。
その期待は単純だった。二日酔いを押して家を出た自分に、今夜こそ何かいいことがあるはずだ、と。
一方、カイオには何かを信じる必要などないらしい。テーブルの向かい側で木の天板に肘をつき、親指でフィードを流しながら、通りで煮え立つ人の坩堝には目もくれない。
二人の間のテーブルは、祝日の縮図そのもの。
発泡スチロールのクーラーボックスに収まったビール瓶。木の上で汗をかく安酒場のグラスが二つ。そしてフライドポテトを載せた鉄板焼きのピカーニャは、すでに半分まで減っている。
「カイオ。おい、カイオ」ラファエルはテーブルの下で彼の脛を蹴った。「スマホばっか見てんなよ、あっち見ろって」
「あ?」カイオは顔すら上げない。
「あっちだよ。ほら、あのかわい子ちゃんたち」ビールのグラスを持った手で指さした。「あの衣装見ろよ。映画みたいだぜ。絶対、観光客だって」
まるで異なる姿をした四人の女が路地から現れ、通りを覆う煙の中を抜けてくる。
翼、角、尻尾。
誰も不審には思わない――祭りもここまで盛り上がれば、奇抜な姿など何でもない。
四人は辺りを見回しながら通りを渡る。
一人は街灯の光を弾く角を持ち、生きた熾火のように輝く鎧をまとっている。もう一人はひときわ背が高く、どこにもつながっていない灰色の腕を背後に従えていた。
腕は宙に浮いている――ワイヤーだ、とラファエルは思う。細くて丈夫な糸。よくできている。
三人目には翼と尻尾があり、肌は氷のように青白い。そして最も小柄な女は、桃色の肌にマゼンタの髪、複雑な葉脈が透ける妖精の翼を生やしていた。
何かのリハーサルに向かう一団だと思った少女たちが、拍手を送る。
「うっわ! かっけええええ!」
ほんのひととき、四人は活気に満ちた街からの喝采を浴びた。
「見て、見て!」桃色の女は夢中になって、あちらこちらへ首を巡らせた。「なんて賑やかなところ。おもちゃがこんなにいっぱいなんだもん!」
はしゃぐ外国人の女を見て、ラファエルは愉快になる。何を話しているかまでは聞こえない。離れた場所からでは、口が動いているのが見えるだけ。
「戦士と呼ぶに値する気配が、一つもない」角の女は歩みを緩めず、通りに視線を走らせ、目に入るものすべてを切り捨てる。「どこを見ても屑ばかりだ」
最も背の高い女は、背後の灰色の腕をゆっくりと広げ、その指先に空気を味わわせる。
「誰も私たちを気に留めないのね」女は言った。そのゆったりとした声には愉悦がにじんでいる。「怯えている者もいない。ただ家畜のように歩き回っているだけ」
竜の女は、明かりの灯る建物の列を前に、悠然と顎を上げる。
「ふむ。奇妙な場所じゃ。妾は巣穴を想像しておった。このように壮大な建造物ではなくな」いつもより、声から退屈の色が薄い。「下賤の者どもが、これほど巧みに石を積めるとはのう」
「あなたって何にでも文句を言うのね」桃色の女は肩をすくめ、まだ光景に見入っている。「あたしは大好きだもん」
人混みの中の何かが、彼女の目を引く。
通りの向こうで緑のタンクトップを着た青年が、まるで催眠にかかったように、四人を魅入られた目で見つめている。
ラファエルは見間違いでないか確かめる。
人生には何度も騙されてきた。だから最初は信じられない。
だが、宝石のような緑の瞳は、確かに彼を見返している。
そして彼女は、微笑んだ。
そういうことか。
一日中感じていた予感の正体が、ようやく腑に落ちる。幸運が舞い込んできたのだ。
宇宙は支払いこそ遅れるが、踏み倒しはしない。
「ほら! 行っちまうぞ。行こう、早く!」
「ほら、行くぞ」ラファエルはすでに立ち上がり、襟を整えている。「さっさと立てよ、カイオ」
「落ち着けよ、このヘンジン」カイオはようやく、携帯を手放さないまま顔を向ける。「女見たことねえのかよ?!」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」ラファエルは椅子の脚を蹴った。「立てって」
「分かった、分かった。今行くよ」
カイオは、古来より続く相棒の務めを果たすべく立ち上がる。
ラファエルは声が届く距離まで近づくと、国際派を気取るための全語彙を解き放つ。
「オイ! ハイ! ハロー! コンバンワ! ブエナス・ノーチェス!」
話せるはずもない言語を次々と切り替えていく。
桃色の女は振り返り、首をかしげ、自分を指さす。
「あたしに話しかけてるの?」
声は澄んでいる。
彼女の話し方には、ラファエルが予想していた訛りがまるでない。なぜか、それが腑に落ちない。
「おっ、俺の言葉が分かるの? しかも訛りもない......」
「いやあ、その衣装、めちゃくちゃすごいな!」
「衣装? ああ......」
「友達も地元の人なの」
彼女が近づいてくる。
花の香りが漂う――野に咲く花のようだが、彼の知るどの花とも違う。
そもそもラファエルは花に詳しくない。それでも、これはどこか別の場所の香りだという妙な確信だけはあった。
「どうして知りたいの?」彼女は言った。「あたしたちと何かしたいの?」
「いや、まさか......」
何も考える間もなく、言葉が口をついて出る。
「......ただ、一緒に飲まないかって誘おうと」
俺は何を言ってるんだ。
そう気づいたときには、もう遅い。
「ふうん」彼女は楽しげに彼を値踏みする。「それで、結局あたしたちに何の話がしたかったの?」
ラファエルは、それを好機だと受け取った。
それが、彼の最後の計算違いとなった。
「ああ、そうだ! もちろん......俺はラファエル。よろしく」
今さら自己紹介を思い出し、手を差し出す。
「君は? 名前は何ていうの?」
「あたしの名前が知りたいの? エリンだよ」
「よろしく、エリン。せっかく運よく出会えたんだし、どこかに座って話さない?」
「それとも何か手伝おうか? この辺にはいい店が山ほどあるし、俺は全部知ってるよ」
「ずいぶん積極的なんだね」
褒めてもいなければ、嫌がってもいない口調。
「そこまで言うなら、欲しいものが一つあるんだよね」
エリンは人差し指を伸ばし、ラファエルへ手を差し出す。
赤い鱗が腕から指先までを覆い、爪は剣先のように鋭い鉤爪になっている。
彼はその鱗を目にしても、すべて衣装の一部だと思い込んでいた。
「うそだろ、マジで!? あんな口説き文句で本当にうまくいったのか?」
人差し指が、ゆっくりと彼の胸へ近づいてくる。
爪の先は、鎖骨と心臓のちょうど間で止まった。
「......え?」
三十分前
ジョヴァンナが一人、エレベーターで上へ向かっていると、鋼鉄の扉の向こうへ街の喧騒の最後の名残が消えていく。
あとに残るのは、役所特有の静けさと、まるでそれも疲れているかのように三秒おきに瞬く照明だけ。
彼女には、そのほうがいい。
ヘアライン加工された鋼鉄の扉から、己の姿がこちらを見返している。
ぼやけた輪郭、不機嫌な顔。そして、緊急会議にはどう考えても不向きな服装。
長い薄茶色の髪、緑の瞳、黒いトップの上に重ねた網目、前腕を覆う紫の袖。黒い爪にブーツ。
休日の最中に無理やり連れ出された者の姿――事実、そのとおりだ。
招集が届いたのは少し前。
アルヴァロの文面は簡潔だった。〈ただちに本部へ出頭せよ〉
説明はない。
ジョヴァンナほど知覚が鋭ければ、その意味を悟らずにはいられない。
ディヴィジョンでは、中身のない伝言ほど厄介だ。
アルヴァロが言葉を惜しむほど、直接伝えるために取ってある話が多い。
「一行だけの招集......」と、彼女はつぶやく。
小声で考えを口にするのは、昔からの癖だ。
エレベーターは軽く揺れて、十九階で止まる。
扉の先には、長く人気のない廊下が伸びている。
蛍光灯が磨かれた床へ白い光を投げかけ、閉ざされた扉、消火器、非常口の表示が果てまで繰り返されている。
背後でエレベーターの扉が閉じるなか、ジョヴァンナの乾いた足音が一定のリズムで響いていく。
突き当たりには、何の表示もない扉がある。
超常事件対策課――通称ディヴィジョン――は、何の変哲もないオフィスビルで活動している。
そこが肝心だった。中で何が行われているかを示す看板は、一つもない。
この機関は何世代にもわたり、そうして存続してきた。
ジョヴァンナは中へ入り、反射的に室内の隅々へ視線を走らせる。
右側には作業端末が並び、無数の画面で埋め尽くされた監視卓に面している。
左側では、給水機とコーヒーコーナーの先にある古い机が、本やファイル、煙草の吸い殻の下へ姿を消している。
奥では、ガラスの仕切りがアルヴァロの執務室を囲んでいる。
彼の椅子は空いているが、ほかの面々はそろっている。
ダンテは最寄りの端末を陣取り、退屈そのものが勤務姿勢であるかのように、消えたモニターの前でだらけている。
ほかの捜査官たちも、室内のあちこちで待っている。
ミリアンは左手の机に座っている。室内でただ一人、苛立っても好奇心を抱いてもいないように見える人物。
指の間の煙草は、仕事道具のように自然に収まっている――数メートル先の〈禁煙〉の表示が、彼女の人柄を少なからず物語っている。
アルヴァロがいない今、この場の責任者は彼女だ。
その場の全員が招集に応じている。
だが、理由を知る者はいないようだ。
温め直したコーヒーの匂いが漂い、空調は夏を相手に戦っている。
モニターは点いたままだが、実際に仕事をしている者はいない。
何もかもが静かだ。
緊急招集にしては、静かすぎる。
「アルヴァロは?」
ダンテが顔を上げる。
文句を言うきっかけだけを待ち構えていた者の表情。
「こっちが聞きたいんだ。呼び出しに応じて、まっすぐ来て、それからずっと待ちぼうけさ。ミリアンもまだ何も教えてくれねえ」
ジョヴァンナはミリアンを見る。
彼女は煙草を口から外し、ゆっくりと煙を吐いて肩をすくめるだけ。〈あの人がどういう人か、知っているでしょう〉とでも言うように。
ジョヴァンナはダンテへ視線を戻す。
「そう」
そこに集まった捜査官の多くと同じく、ダンテは〈潜在者〉だ。
常人を超える素質を持ち、普通の人間なら命を落とす事態にも耐えられるが、まだ天使へ変貌するには至っていない人間だ。
時を経て覚醒する者もいる。生涯、敷居をまたげないまま終わる者もいる。
年齢はさほど違わなくとも、ジョヴァンナにとって彼はいつまでも後輩のような存在だ。
見下しているからではない。勤続年数と――この場所を実際に支配する序列のためだ。
彼女はコーヒーメーカーへ向かう。働きより騒音のほうが多い、歴戦の古参兵だ。
フィルターに粉を入れ、ボタンを押す。
答えがないぶんは、コーヒーに埋め合わせてもらうしかない。
機械が唸る。
雫が落ち始めるより先に、扉が開く。
「やっほー! 到着!」
声が先に飛び込んでくる。
すぐあとから、太陽が部屋へ入ってきたかのように、明るく快活なエテルナが姿を現す。
緑がかった瞳が室内を見渡し、笑顔と同じほど生き生きと輝いている。
突然の招集に不満があったとしても、もはやその痕跡はない。
「あっ、ジオ! ダンテ!」
笑顔がさらに大きくなる。
エテルナは室内を進みながら皆に手を振るが、数歩で立ち止まる。
ガラスの仕切り越しに、空っぽの執務室を見つける。
「あれ......アルヴァロは?」
「まだ分からない」ジョヴァンナとダンテが、同じうんざりした調子で同時に答える。
意図せず重なった二人の声に、エテルナの笑みはますます広がる。
そこに、とびきり面白い何かを見つけたかのように。
ジョヴァンナがコーヒーカップを手に取る間も、エテルナは緊急招集などなかったかのように、口笛を吹きながら部屋を歩いていた。
彼女が横を向くと、すぐそばにダンテの机がある。
「ねえ、ダンテ! そうだ、ライブ見たよ! ボーイバンド、なかなかいい感じじゃん」
効果はてきめん。
ダンテは背筋を伸ばす。
「誰がボーイバンドだ。こっちは骨の髄までロックンロールだぞ!」
「はいはい。忠告してあげる。ロックンロールなんてやめて、うまくいってるボーイバンドを続けなよ。みんな大喜びだったっしょ。あたし、見てたからね」
彼の眉間に皺が寄る。
「エテルナ、てめえ――」
そこで彼は止まる。
別の考えが浮かぶ。
「ああ、そうだ」
得意げな笑みを浮かべ、ジョヴァンナへ向き直ると、ポケットから折り畳んだ紙を取り出す。
ジョヴァンナは、面倒事が近づいてくるのを遠くから察する。
ダンテは彼女のところへ行き、紙を差し出す。
「なあ、ジオ。ちょっとこれ見てくれよ」
ジョヴァンナはため息をつく。
礼儀が勝つ。
「いいわ」
好奇心に引かれ、エテルナが反対側から近づいてくる。
「わあ、かわいい。ラブレター? 喧嘩ばっかりしてるけど、二人は好き合ってるってずっと思ってたんだよね......」
「うるせえ。次の曲の歌詞だよ」
ジョヴァンナは一口すする。
熱すぎるおかげで、安いコーヒー粉のまずさが一瞬だけごまかされる。
紙面へ目を走らせ、確かめるためにもう一度冒頭へ戻る。
「ふうん」
「ほらな?」
ダンテは自信満々に身を乗り出す。
「間違いない。こいつは最高だろ!」
ジョヴァンナは小さなカップを脇の机に置き、ペンを手に取る。
書く。
紙を折る。
「見て、ダンテ! ジオがラブレターに返事書いてる!」
「お前本当にしつこいな...... そんなんじゃないって言っただろ」
ジョヴァンナはもう一度書き、さらに紙を折って返す。
「どうぞ」
コーヒーを取り戻すと、振り返りもせず、一口ずつ飲みながら離れていく。
「普通に言ったほうが早くないか?」
彼は最初の折り目を開く。
エテルナはすでに彼の肩越しから、目を輝かせて覗き込んでいる。
紙の中央に、ジョヴァンナは音名を一つ書いていた――「ド」。その横では、短い矢印が下を指している。
ダンテは眉をひそめる。
次の折り目を開く前に意味を解こうと、音名から矢印へ、矢印から音名へと視線を往復させる。
「ド? どういう意味だ? 音階か?」ダンテは矢印を目で追いながらつぶやく。
二つ目の折り目を開く。
そこには、ジョヴァンナの美しい筆跡で答えが書かれている。
「どうしようもない。」
一瞬、完全な沈黙が落ちる。
「くそっ、ジョヴァンナ! 覚えてろよ!」
エテルナは床に崩れ落ちる。
比喩ではない。
役所のタイルに寝転がって涙を流し、床を叩きながら、笑いの発作から次の発作へとのたうち回る。
笑い声が事務所を満たし、仕切りに反響して、ミリアンがモニター越しに顔を上げる。
ダンテは紙を頭上に掲げて抗議を始めるが、ジョヴァンナに聞き取れるのは、敬意、芸術、無知、といった断片だけ。
彼女はたいして気にも留めず、もう一口飲む。
黄色い閃光が室内を走る。
エテルナは床から消え、笑顔でダンテの隣に現れる。
掲げた彼の手は空になり、紙は彼女の指の間にある。
「はい、ジオ!」
トランプの札のように紙を投げる。
ジョヴァンナは反射的にそれを空中で受け止める。
ダンテが紙を追ってくる。
ジョヴァンナは最後の瞬間に、手の届く範囲から外れるのに必要なぶんだけ身をずらす。
彼が反対側から試すと、彼女は肩をひねり、その手を通り過ぎさせる。
指の間のカップは微動だにしない。
三度目は、半歩下がるだけで足りる。
追跡は室内に、短く馬鹿げた軌道を描き始める。
自作を取り戻そうとするダンテ。
それに対し、ジョヴァンナの動きは必要最低限。彼女は、この手のふざけ合いの続きに付き合うつもりなどない。
ミリアンはため息をつき、エテルナはまだ笑い続けている。
ダンテが二台の端末の間へジョヴァンナを追い詰めようとしたとき、扉がまた開く。
マベルが水の入ったカップを手に、ここが本部なのか幼稚園なのか分からなくなったような顔で敷居をまたぐ。
黒っぽい髪には三つ編みと青いメッシュが入り、二つのお団子にまとめられている。
「うわっ、なまらひどい騒ぎだべさ! ダンテ、なんでジオを追い回してるの?」
「こいつがひねくれ者だからだ!」
マベルは、ジョヴァンナがまた最小限の動きでかわすのを目で追う。
「そっか」
ダンテは、その返事を全面的な肯定として受け取る。
「ほらな!?」
暗黙の同意に満足し、彼は新たな熱意とともに追跡を再開する。
その瞬間、足が机の下へ半端に収まった椅子の脚に引っかかる。
折り畳まれた紙は、つまずきが起こした風に乗って舞い上がり、よりにもよってマベルの顔を目指す。
瞬きをする間もない。
意識して判断するより先に、カップから一筋の水が跳ねる。
液体は細い弧を描いて立ち上がり――ピシャッ――飛来物を捉え、そのまま下へ引きずり落とす。
紙と水が同時に床へ着く。
折り目が開き、繊維が黒ずみ、ダンテの作品は小さな水たまりの中で無残に広がる。
部屋中が見つめる。
マベルは目を伏せる。
水を操ることはできても、濡れたインクを元の形へ説得して戻す技など存在しない。
「......あっ。ごめん。体が勝手に動いちゃったべさ」
ジョヴァンナは、笑みになる一歩手前の反応を隠すため、コーヒーを唇へ運ぶ。
ダンテは水たまりの前に膝をつく。
「俺の......傑作が......」
彼の肩が落ちる。びしょ濡れの紙を、壊れた文化遺産のように見つめている。
ジョヴァンナは嘲る理由を見いださない。
悲嘆は、疑わしい音楽の趣味と同じく、個人的な問題だ。
ようやく笑いの発作から立ち直ったエテルナが、両腕を広げて室内を横切る。
「マベル! 久しぶりじゃん。元気? 修行はどう?」
「元気だよ。私も会えてうれしいの」
マベルは、たった今の出来事を見事なほどあっさり過去にして、エテルナの話に乗る。
「新しい技を覚えたんだよ」
二人は共犯者のように隅へ移り、数メートル離れたジョヴァンナは、役者を知り尽くした者の諦念とともに、その囁きへ耳を傾ける。
パチン――マベルの両手が、湿った音を立てて重なる。
両手を離すと、その間に水の球が生まれる。
完璧な球体。
みずからの表面張力に震えている。
青く輝くそれは掛け値なしに美しく、天井の明かりを映し、向こう側で見入るエテルナの顔を歪ませている。
マベルは一滴もこぼさず、その水を宙に保っている。
「名づけて、〈濡れてる水玉〉。どう思う?」
「いいじゃん。すごいって」
エテルナの目が心からの感嘆に輝き、それから細まる。
感嘆が、競争心の熱へ変わる。
エテルナは半歩下がり、片方の手を反対側の肘の下へ、もう片方を前腕へ添える。
両腕を逆方向へ引きながら、素早い動きで手をこすり合わせる。
指の間に火花が生まれる。
乾いた破裂音が空気を切る。
火花は金色の電弧へ育ち、生きた縄のように両手の間で揺らめく。
近くのモニターに一瞬、ノイズが走る。
エテルナは得意げな発表の笑みを浮かべる。
「で、こっちが〈痺れさせる稲妻〉。イケてるっしょ?」
「わあ、なまら天才だべ!」マベルは興奮して両手を頬へ当てる。
ジョヴァンナはカップを下ろす。
天使の覚醒は知恵をもたらす、と古い本で読んだ記憶がある。
ジョヴァンナは時を遡り、著者へ現代の証拠をいくつか提示できれば、と願う。
「今まで聞いた中で、いちばん馬鹿げた会話だわ。神様、勘弁して。動脈瘤ができそうよ」
エテルナとマベルは、ひどく真剣な顔で彼女を見る。
球体は宙に浮いたまま。電弧も音を立て続けている。
その間は計算ずくだった。
ジョヴァンナは気づいても、なお屈しない。
「まあ、耳が聞こえないよりは、こういうものでも聞けるほうがましかしらね」と付け加える。
マベルの口元が震え、エテルナは唇をきつく結ぶ。
外面では古代の奥義を明かす達人の荘厳さを保ちながら、内心ではハイエナのように笑っている。
二人は自分たちが何をしているか、正確に分かっている。当然だ。
二人はそこへ本物の労力を注いでいる。
半分は遊び。もう半分は、この部屋でただ一人、意地でも認めようとしない人物をつつくため。
彼女は決して屈しない。死んでも御免だ。
部屋の反対側では、ダンテが台無しになった紙の前にまだ跪き、聞き取れない何かをぶつぶつとこぼしている。
紙の四隅から水が滴っている。
「俺の美しい曲......全部、お前の嫉妬のせいだ......」
何も考えず、紙を丸めてジョヴァンナへ投げつける。
彼女はコーヒーをもう一口飲みながら、エテルナとマベルのほうへ一歩ずれる。
紙の球が彼女の脇を抜けて部屋を横切り、扉が開くのと同時にそこへ届く。
小さな炎が弾ける。ボッ。
ダンテの次回作の歌詞は、入ってきた人物の顔から半メートルの空中で灰になる。
入ってきたのは、ベアトリス。
褐色の肌、顔を縁取る豊かな黒い巻き毛。
灰がゆっくりと床へ落ちる。
彼女は瞬きをする。
「何、今の?」
沈黙。
「ゴミ」
部屋の両端から、ジョヴァンナとエテルナが同時に答える。
それぞれ、もう自分の用事へ戻りながら。
「俺の傑作が......」苦悶の声が室内を引き裂く。
彼は両の拳で床を叩く。
「うあああ! 俺の歌詞が! メタルの神々へ続く道が!」
「ああ」
ベアトリスは説明なしで理解し、扉を閉める。
「ごめん。でも、コピーはあるよね?」
捨てられた子犬のような目が、彼に代わって答える。
その頃には、エテルナとマベルは離れた隅でポーズを取っている。
膝を曲げ、厳格に守るべき儀式のような真剣さで、両手に空中の見えない線をなぞっている。
「覚悟せよ、雷帝! 我が究極奥義を受け、ここに果てるがいい」
「笑わせるな、水帝! 我がオーラはすでに限界を超えて燃え上がっている! 貴様ごときに触れることなどできぬ!」
何だと!? オーラが限界を超えて燃え上がっているだと!?」マベルは愕然とし、その事実に怯えたかのように一歩よろめく
「そのとおり! 我がオーラは限界を超えて燃えてる!」
ジョヴァンナはコーヒーを下ろし、ベアトリスへ近づく。
「ビア。あの馬鹿二人を諭してきなさい。こちらは真剣なのよ」
ベアトリスは、若気の妄想に満ちたポーズを取る二人を見る。
ジョヴァンナを見る。
もう一度、二人を見る。
うなずく。
「任せて」
親指を立てる。
事態を収めに行く者の確かな足取りで、彼女は部屋を横切る。
二人の前に足を据えると、皇帝のごとき弧を描いて空を薙ぐ。
「究極オーラ? 笑わせないで。貴様らのような下民には、真・究極オーラなど永遠に届かない。見て学びなさい、不遜なる虫けらども」
そして、飛び立つ鷺のように、ゆっくりと厳かに両腕を羽ばたかせ始める。
「うわあ」エテルナは感嘆の息を漏らし、夢中で拍手する。
「振り付け、完璧じゃん」
ジョヴァンナは目を閉じる。
額に手を当てる。
しばらくそのまま動かない。
役所における精神衛生を象徴する寓意像のように。
「あなたまで、ビア」
「鳳翼天――」
「やめて! やめて! やめなさい!」
三人を指さし、告発するように一人ずつ指を巡らせる。
「今すぐやめなさい! 訴えられるわよ!」
まさにその瞬間、扉が開く。
アルヴァロが薄いファイルを小脇に抱え、室内の何一つとも噛み合わない表情で入ってくる。
扉から二歩のところで立ち止まり、戸惑いながら目の前の光景を眺める。
「相変わらず元気そうで何よりだ。だが、悪い知らせがある」
彼の表情が引き締まる。
「全員、話を聞け。今すぐだ」
まるで、スイッチを切り替えたかのように。
全員が注意を向ける。
「会議室へ」アルヴァロが命じる。
彼が先に出る。
ほかの者たちは、黙ってあとに続く。
誰もいなくなった部屋で、ジョヴァンナのコーヒーが冷め始める。
アルヴァロは座らない。
テーブルの上でファイルを開くが、見る必要はない。
中身はすべて頭に入っている。
「数日前から、市内に出現した休眠状態の門を監視している。今日になって観測値が変化し、内部から複数の邪悪なエネルギー反応を検出した。それで君たちを呼んだ」
ジョヴァンナは続きを待つ。
最初に痺れを切らすのは、エテルナ。
「で......? そんなの珍しくないじゃん。なんであたしたちを呼んだの? 潜在者じゃ無理なら、あたしたちを直接現場へ出せばいいっしょ」
「一時間ほど前、門が開き始めた」アルヴァロは言う。
「すでに低級悪魔が何体か通過している。だが、それはまだ些細な問題だ」
彼は間を置く。
「既知のどれとも異なる反応を四つ検出した。他国の門に関する記録とも照合したが、一致するものはない。機械は正確な水準すら算出できなかった。恐ろしい何かが、こちらへ来ようとしている」
ジョヴァンナは、何世紀も変わっていない人間の脅威尺度を思い浮かべる。
「数値にすると、どういう意味かしら?」ジョヴァンナが尋ねる。
「要約するなら、確認できた最低値だけで、過去十年間に観測した全エネルギーの総量を上回っている」
室内が静まり返る。
空調の音が聞こえる。
「でも、なぜここ? なぜ今日?」ベアトリスが尋ねる。
「他国から同様の報告は? こちらは正式に報告した?」
「どこからも報告はない。我々も、状況を把握するまでは正式に報告していない」
アルヴァロは首の後ろを掻く。
「それでも、この規模の集中を見落とすことはまずない。どこからも連絡がないのは妙だ」
「何かがおかしいわ」ジョヴァンナは言う。
「ビアの言うとおりよ。なぜ今日、なぜここなのか。偶然には見えないわね」
「正体が何であれ、偶然だろうとそうでなかろうと、今は重要ではない」
アルヴァロがファイルを閉じる。
「問題はこちらに回ってきた。我々が解決する」
本当は、世界は以前にもこのような生き物を目にしている。
それを測る機械が生まれる、遥か以前に。尺度も、分類も、報告書も存在しなかった頃に。
本部から遥か遠くで、何かが門をくぐってくる――それでも、ジョヴァンナには感じられる。
全員が感じる。
それは音でも、揺れでもない。
世界の組成が変わる感覚だ。あらゆる場所の空気へ、新しい成分が同時に溶け込んだかのように。
圧倒的な気配が門を渡った瞬間、おぞましい感覚が街全体へ広がる。
潜在者も天使たちも、骨の髄までそれを感じる。
悪寒が首筋を這い上がり、冷たく、動かず、消えもせず、まるで背骨に指を押し当てられたままのように、そこへ留まり続ける。
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