第二章
仮装
エリンが胸に突き刺したままの腕を伝い、ラファエルの血が彼女の肘まで流れ落ちる。エリンの目が輝いた。
「な、何......」
ラファエルは叫ばない。何が起きたのかも分からず、まだ口説くきっかけを探しているような顔で、エリンを見つめ続けていた。
「どこかな? この辺にあるのかな?」
エリンは集中しながら、彼の胸の中で手を動かす。
「なんで......熱いんだ? あれ......動け......ない?」
もっと力を込めた。脚は応えなかった。
「しーっ......しーっ......動いちゃだめ。台なしになっちゃうもん。もうすぐ見つかりそう」
指がもう少し奥へ進む。
「この辺だね。鼓動が強くなってる......」
ラファエルの視線が上へさまよい、震えながら戻ってくる。
「ああ......きれいな子......何が......起きてる?」
「見ーつけた!」
エリンは指を閉じた。
圧力が一気に跳ね上がった。血管が破裂し、ラファエルの白目を下から赤が満たして、ついにはあふれ出した。
エリンが腕を引き抜くと、その手には彼の心臓が握られていた。そのときになってようやく、ラファエルは体が押し殺していた悲鳴を見つけた。
そこにあった――絶望。
これこそが、彼女のいちばん好きな味だ。
ラファエルの友人カイオは、目の前の出来事が現実だと悟った。友人を助けようと思ったが、体の奥では原始的な本能が働いている。身を翻し、自分の脚をもつれさせながら走り出した。
「まあ、みっともない。そんなふうに女性を置き去りにしてはいけないわ」
リゼスはエリンの隣で、一部始終を眺めている。柔らかな声には、どこか蠱惑的な響きがあった。
「それでは、自分が醜いと思われたと勘違いしてしまうでしょう? なんて失礼なのかしら」
彼女が指を鳴らした。彼の足はアスファルトから十センチ浮いたところで止まるが、なおも空を蹴り続ける。体はゆっくり上昇し、回転しながら二人のもとへ戻ってきた。
そしてリゼスは、彼を捻り始めた。
腰は一方へ、肩は反対へ回った。どちらも人体が耐えられる限界を越え、それでも回り続ける。骨が一本ずつ皮膚の下に浮き上がり、花柄のシャツは濡れ雑巾のように肉ごとねじれていった。
リゼスは赤い口紅を塗った唇を舌でなぞった。
「そう、そのまま続けて。悲鳴も、内臓が搾られ、骨が砕ける音も、この街の忌まわしい騒音と溶け合っていくわ」
調律を確かめる指揮者のように、ひととき目を閉じた。
「恐怖、驚愕、そして不意打ち......それが素晴らしい一曲を作り上げるの。ええ、完璧な序曲だわ」
遊び方はそれぞれ。リゼスは緻密さを、エリンは数を好む。
「この人たち、本当にあたしたちが仮装してると思ってたんだよ」エリンは面白そうに言い、手についた血を空中へ振り払った。「サリンタ。ねえサリンタ、聞いて! 仮装だと思ってたんだって!」
「聞こえている」
サリンタは歩みを止めない。
赤髪の悪魔は、紙の上を進む熾火のように群衆を切り開いた。急がず、避けず、通ったすべてを燃え上がらせながら。炎が空へ立ち昇る。彼女は誰も追わない。炎が代わりに追ってくれた。
もはや存在しない祭りに取り残された酔客が彼女の腕をつかみ、踊りへ引き込もうとした。数秒で、その手は皮膚も肉も骨も蝋のように溶け落ちた。サリンタは振り返りもせず、街灯に向けるほどの注意すら与えず歩き続ける。
群衆は、見世物と虐殺の狭間に囚われたままだ。
エリンはこの街に感嘆した。ほんの数秒、悲鳴がまだ歓声として通用する。
その夜、街は彼女たちが来る前から騒がしかった。音楽と笑い声と密集した体が隙間という隙間を埋め、死にゆく者の叫びさえ、祝う者の叫びと同じ過剰さをまとって耳へ届いた。
一人の女が、エリンが倍ほどもある男を襟首から持ち上げるのを見て、路上劇か映画の撮影だと思った。スマートフォンを取り出す。
生きた岩の杭がアスファルトを突き破り、空中の男を串刺しにした。血が画面に飛び散る。あまりにも本物らしい。
女は肉眼で確かめようと端末を下ろした。
もう一度掲げ、映像を拡大した。
再び端末を下ろしたとき、鋭い犬歯をのぞかせる笑顔が、顔から十センチもないところで待っていた。
五分前
会議室では、まだ誰も悪寒を振り払えずにいる。
エテルナはテーブルの向こうにいるジョヴァンナと目を合わせた。
「そっちも感じた?」
「ええ」ジョヴァンナはうなずいた。
アルヴァロは、沈黙が腰を落ち着ける暇を与えない。
「全員、準備しろ! ショータイムだ!」
声に恐怖の色はない。その軽い台詞は彼らしくなかったが、動揺を広げないために選んだものだ。皆の前で自信を見せる。それもアルヴァロの務めだった。
「天使班、〈未確認脅威〉を目標とする。反応は四つ検出したが、それですべてだと思うな。ほかにも潜伏している可能性がある」
「了解」天使たちが答えた。
四人の声が重なった。数分前の騒ぎは跡形もない。
「潜在者班は私と来い。避難を支援し、現れた低級悪魔へ対処する。交戦は必要な場合に限れ」
視線が潜在者たちを巡った。
「よく聞け。優先すべきは人命救助だ。悪魔を殺すことではない。〈未確認脅威〉には近づくな。死んでは誰も救えない。情報が揃うまで、接近しようなどとは考えるな」
アルヴァロはためらった。そこから先は、口にするのがつらい。
「言われる前に言っておく。悔しいのは分かる。だが噴火中の火山へ飛び込むのは勇気ではない。ただの愚行だ。認めるのはつらいが、今の我々では足手まといにしかならない」
彼は四人へ向き直った。
「君たち、情報もないまま現場へ送ることになってすまない。だが、ほかに選択肢がない」
ベアトリスは肩をすくめた。こういう重荷なら、他人の肩から下ろしてやるほうが性に合っている。
「気にしないで、ボス。これが仕事だから」
「それでも、すまない」
まだ上層部からの命令を伝えなければならない。
「もう一つ。上から命令が来た。市街地への被害を抑えろとのことだ。さらに研究とデータベース更新のため、最低一体は生け捕りにしろと要求している」
丁重な沈黙がその言葉を迎えた。自分の身で結果を味わうことも、その必要もない人間の、馬鹿げた発想にだけ向けられる沈黙だ。
「さっき感じたものから判断すれば、かなり難しいでしょうけれど......」ジョヴァンナは言葉を宙吊りにした。
アルヴァロの顔が険しくなった。
「だが、これだけは言っておく。そんな連中は知ったことか。全力で戦え。機会があれば、ためらわず殺せ」
彼女たちが敬意を抱くのは、彼のそういうところだった。片手で報告書に署名し、もう片方で愚かな命令を引き裂く上司。
「あのクソ官僚ども、この状況を絶好の機会だの、大金になるだの言う厚かましさまで見せやがった。空調の効いた部屋に座って好き勝手に口を出す......あんな化け物をどこへ入れろっていうんだ? 水族館か、くそっ?」声が一段高くなった。「あとで好きなだけ文句を言わせておけ!」
隊員たちは笑った。数秒だけ、緊張が緩んだ。アルヴァロは極端に堅い上司ではないが、めったに冗談を言わない。たまに口にするとき、そのあまりに自然な言い方が可笑しさを生む。
「了解、ボス」ジョヴァンナが言った。
四人は揃って部屋を出て、暗い廊下を進む。響くのは足音だけ――同じテンポを刻む、四つの異なる拍子。
背後では、会議室の光が戸口に立つアルヴァロの輪郭を切り抜いていた。
残る潜在者たちには罪悪感を抱かせたくない。だが、天使たちを先へ送ることも彼には重かった。信頼していないからではない。未知を前にして、あの小さな隊が呼び起こす保護者の本能が何より強く訴えてくる。
たとえ命を代価にしても、彼女たちの代わりに立つことで事態を解決できるなら、アルヴァロはためらわなかっただろう。
マベルは、彼がまだ戸口にいることに気づいて振り返った。
「どうしたの?」
「遊び半分で考えるな。今回は違う......」偽りのない間があった。「気をつけろ」
エテルナが何を言うか、ベアトリスには見なくても分かる。
「心配しないで、ボス。あたしたちが勝つから」
エテルナは振り返らずに腕を伸ばし、親指を立てた。
「出発する前に、あの忌々しいコーヒー粉を替えさせておいて。戻って報告書を書くときくらい、本物のコーヒーが飲みたいわ」ジョヴァンナが付け加えた。
四人は廊下を進んでいく。背後の光が薄れ、やがて影がその姿を呑み込んだ。
ずっと後ろから、距離にくぐもったアルヴァロの声がため息とともに届く。
「あいつら、私の話を一言でも聞いていたのか?」
聞いていた。一言残らず。彼が口にしなかった言葉まで。
無言で階段を上った。一段進むごとに、心臓が速くなる。恐怖ではない。期待だ。これはきっと、今までで最大の戦いになる。
金属の扉が、熱を残す夜空へ開いた。
街の反対側では、ついに疑念が恐慌へ屈した。
群衆全体が理解した、まさにその瞬間をエリンは捉えた。一人ずつではない。魚群が向きを変えるように、動きが一斉に全員を貫く。
千人の人間が、無数の脚を持つ一匹の獣になる。生き続けるためなら、自分の一部さえ踏み潰すことを厭わない。
脇道が先に詰まった。前の者は止まれず、後ろの者は中へ押し込む。一分もしないうちに、路地は壁の間で肩を押し潰し合う人間の隘路となった。
サリンタはその路地の反対側へ着き、その夜初めて足を止めた。
自らの恐慌に閉じ込められた塊を横目で眺める。頭上へ突き出た腕は、逆さまの根のようだ。彼女が手を上げると、その顔に侮蔑が走った。エリンには次に何が来るか分かる。
路地が燃え上がった。
狭い通路は炉と化した。一瞬で、悲鳴と炎と煤だけが残った。
サリンタは振り返らず、再び歩き出した。
炎は建物より高く立ち昇り、外壁を焦がす。開いた炉の息のような熱波が、反対側のエリンへ届いた。彼女にとっては、その焚き火も祭りの一部にすぎない。
だが興味は長続きしない。燃える人影が端から逃れようとし、必死にもがいて炎を広げるうちに、彼女はもう次の集団を探していた。
後方を受け持つのはリゼスだ。
行進とは逆方向へ走る者たち――ほんの一瞬、助かったと思った者たち――を選び、走った姿勢のまま持ち上げる。そして内側へ一度、もう一度と折り畳み、それぞれの体を中心へ縮め、肉の球に変えていく。
それから、別の集団や酒場や建造物へ投げつける。
体は衝突のたびに弾け、周囲から新たな悲鳴を引き出す。リゼスは目を閉じてそれを受け取り、自らの交響曲へ音符を加えていた。
「この衝突音、とても興味深いわね」
ガレーネは狩りをしない。通りの中央で翼を広げ、腕を組んで立つ姿は、威厳ある彫像そのものだった。
群衆が彼女へ向かって走ってくる。先頭を数歩抜けた男は、両腕を伸ばしていた。助けを求めているのか。ここには救いなどないと気づけないほど、我を失っているのか。
近づきすぎる前に、ガレーネが尾を動かした。
正確な一撃が首を胴から切り離した。体はなお二歩進んでから倒れた。一滴たりとも竜の女には届かない。尾は以前と同じ清潔さのまま、再び脚へ巻きついた。
残りの者たちも同じ道を来ると、ガレーネはその手間すらかけなかった。刃のような風が安全な距離から彼らを引き裂き、残滓の一つも触れることを許さない。
彼女が殺すのは、何かが近づこうとしたときだけ。接触そのものが無礼に思えるらしい。かといって排除するのも、労力に値しない煩わしさだ。
一気に翼を開く――空気が鳴り裂ける――と、通りで最も高い建物へ舞い上がった。
高みから、屠殺を見下ろす貴人のように佇む。居合わせながら微動だにせず、臭いすら届かないかのように。
退屈は演技ではない。半ば溶けた街灯の上で次の獲物を選びながら、エリンはそこを不思議に思った。
ガレーネはまったく新しい世界へ渡ってきた。それでもなお、つまらないと思える。
「遊びはもう済んだかえ? それとも妾たちは、虫けらを踏み続けるためにここへ来たのか?」
歩道を走る女へ、エリンは獣のように跳びかかった。その上へ着地し、頭を地面へ叩き潰す。血と脳漿が、辺り一面へ飛び散った。
「うるさいなあ、ガレーネ!こっちは楽しくやってんの!」彼女は上を見て言った。
すぐさま、壁を通り抜けようとでもいうように背中を押しつけている男へ襲いかかる。腹へ爪を差し込み、戸棚を開くように左右へ引いた。
「見てよ、ガレーネ! こんなにいる! 一晩中殺しても尽きないよ! ここ、楽園だもん!」
踵でくるりと回り、夜へ両腕を掲げた。月明かりの下で、血は黒く見える。
「ふん。安っぽい蛮行を好むとは、まこと下賤な者どもらしい酔狂じゃ。妾の趣味ではない」
ガレーネは返事を待たず、返事もなかった。眼下では、遊びが続いている。
数分で、祭り客に埋め尽くされていた通りは死体の野となった。遠くから、くぐもり途切れた音楽がまだ届く。その下に残るのは、炎の爆ぜる音と、もう逃げられない者たちの最後の呻きだけだった。
四人が屋上へ着いたときには、煙の柱がすでに地平線を汚していた。広大な街の中で、虐殺はいまだ一つの地区に集中している。それだけで、その一帯を煙の下で見分けもつかない、凄惨な光景へ変えるには十分だった。
マベルは右腕を伸ばした。シアンブルーの光が前腕の周りに灯る。二度明滅し、甲高い金属音とともに安定した。
右目の前で、指を輪の形に曲げる。
その中心に現れたのは、同じ光の小さな球。ゆっくりと回転する球の向こうを、マベルは望遠鏡のように覗いた。
「見つけたべさ」
「四つ。きっかり四ついる。場所も分かったよ」
手を下ろすと、球は光る雫へほどけた。マベルは一秒ほど黙り込んだ。その顔は、先ほどより険しい。
「状況は?」ジョヴァンナが尋ねた。
「なまらひどい。今すぐ行かないと」
エテルナはすでに構えている。
エテルナの皮膚の下を稲妻が走る。いつもの笑みは、もうない。ジョヴァンナの目は緑の光で夜を貫き、その隣では、安定し制御された熱がベアトリスの体を昇っていた。
「行くわよ」ジョヴァンナが言った。
揃って縁の向こうへ踏み出し、身を落下へ委ねた。
足元に街が開けた。一瞬、四人はただ落ちていく。髪も服も風に打たれ、上へなびく。
そして同時にオーラを解き放った。
閃光の中で、落下が減速したかのように見える。
炎が不死鳥の翼のようにベアトリスを包み込み、深紅の繭となる。
エテルナの稲妻が外へ弾けた。金色の電弧が、獅子の鬣のように彼女を取り巻く。
鷲のように急降下するマベル。その体を、青く輝く水が覆っていく。
ジョヴァンナの体には、緑のオーラが蛇のように巻きついていた。
光が収まったとき、四人はそれぞれの鎧をまとっていた。
オーラが下方へ爆発した。体を傾け、軌道を曲げ、落下を推進力へ変える。降下は飛翔となった。
四本の軌跡が夜を渡った。ベアトリスの深紅、エテルナの金、マベルの青、ジョヴァンナのオーラの深緑。何が始まったのかも知らず、まだ祝祭を続ける街区の上、二月の空を切り裂いていく。
エテルナは目標地点まで待たない。
まだ何キロも離れているうちに、ベアトリスは彼女が編隊を離れるのを見た。エテルナは上へ逸れ、大きな弧を描いて高度を稼ぎ、頂点で急降下へ体を合わせる。そして一本の金色の雷となり、空を斜めに横切った。
ほら、行った。友人が百回目の信号無視をするのを見るような、愛情混じりの諦めとともにベアトリスは思った。
最初に北へ振り向いたのはガレーネだった。
何かがこちらへ向かってくる。まだ遠いが、大気を裂く流星のように速い。
サリンタも足を止め、そちらを見た。
「気配は四つ。速いぞ」彼女は首を鳴らし、戦いに備えた。「腕は立つようだ」
「ようやくか。退屈で死ぬところじゃった」高みからガレーネが言った。
「人間?」エリンは額に手をかざし、空を見上げた。
「人間よ。でも、この者たちとは違うわ」リゼスが答えた。「素敵ね。早く解剖してみたいわ」
屋根の上の空がひび割れた。
あの裂け目ではない。門でもない。
一本の金色の雷が夜を端から端まで切り裂き、矢のようにまっすぐ彼女たちへ降った。
エテルナは選ぶ時間を無駄にしなかった。いちばん目立つ相手で十分だ。
建物の高みで火災の光に縁取られたガレーネは、最も無防備に見える標的だ。
竜の女はエテルナの接近を見ても、腕をほどかない。顎を上げて視線を受け止め、あれが自分への脅威になどなり得ないと完全に確信している。
いいぞ。世界のすべてがあの屋上へ絞られていく中、エテルナは思った。
「そのままじっとしてなよ」
炎の弧が二人の間を切り裂いた。
炎の中から、角を生やした影がエテルナを迎え撃った。手には、亀裂から火を漏らす黒い剣。
「何?」
割り込みは予想外だったが、構わない。まだ距離がある。五十メートル、いや三十か。相手が誰であろうと、道を塞ぐ者から先に倒すだけだ。
エテルナは攻撃を止めなかった。
拳が、数キロにわたって蓄えた速度をすべて乗せて降る。そのすべてを一撃に圧縮して。
角の女は、ただ空いている手を上げる。
そして拳を握り込んだ。
衝撃波が、ついに吐き出された息のように一画すべての窓を吹き飛ばした。ガラスの吹雪が通りへ降り注ぐ。
半秒だけ、二人は宙に止まった。炎の掌に捕らわれた金色の拳。
次の瞬間、エテルナは反対方向へ吹き飛んでいた。
そして建物の二階へ消え、コンクリートと粉塵を巻き上げた。
ガレーネの抗議は、サリンタがアスファルトへ降りるより先に届いた。
「サリンタ! よくも妾の邪魔をしたな!?」
サリンタは無視した。手を軽く振ると、最後の金色の電弧が指の間でほどけていく。建物を崩せる一撃の残滓を、ただ埃のように払う。
ほどなく、ジョヴァンナ、ベアトリス、マベルも着地した。
ベアトリスは着地姿勢から立ち上がり、周囲を一瞥する。
散乱する死体。焼けた肉と鉄の臭いがする。
「人間には礼儀というものがないのか? 名乗りの前に仕掛けるとは」サリンタの声が空気を断ち、視線を自分へ集めた。
片手を胸へ当て、炎の筋が亀裂を走る暗い鎧の上で爪を広げた。
「我はサリンタ。業火の覇者」
敵軍を前にした将のように名乗った。ベアトリスは、堅固な構えと均等に配された重心を見定める。サリンタに隙はない。あれは本物の危険だ。しかも、片手でエテルナを弾き飛ばした。
リゼスは地面へ触れず、横へ滑った。背後には灰色の腕が浮かび、こぼれた墨のように黒い直髪が邪悪な微笑みを縁取っている。
「リゼス」低く柔らかな声で言った。「深淵の魔女よ」
エリンは、周囲の惨状など意に介さず、血まみれの指を明るく振った。
「あたしはエリン! 厄災の妖精だよ!」
最後の一人は、ほとんど顔すら向けなかった。畳んだ翼の下で尾が一度動き、腕は組んだまま。
「ガレーネ。烈風の公爵じゃ」
サリンタは自らの作品を示すように、荒廃した大通りへ両手を開いた。
「さあ、何者か、この土地は何と呼ばれるのか答えよ。ここで最強の戦士を我が前へ連れてこい」
慎重さより先に熱が応えた。ベアトリスが一歩前へ出る。
「奇遇だね......」すでに両目は、風を得る二つの熾火のように灯っていた。「業火の覇王、ね」鋭い笑みがひとりでに浮かぶ。「ベアトリス・ガルジーノ。炎の女帝」
火花が体の周囲を駆ける。
「どっちが上か、確かめようじゃ――」
肩に手が置かれた。
ベアトリスは止まった。
エテルナが戻ってきた。髪にはコンクリートの粉塵が絡み、口の端には血がついている。それでも、桃色と金の鎧は無傷だ。
ベアトリスを見ようともしない。建物から出た瞬間に敵へ視線を固定し、それきり逸らさなかった。
「名前も名乗りもどうでもいい。すぐに全員、死ぬから」
そこで初めて、仲間へ向けて声を落とした。
「こいつはあたしの、ビア」
「はあ......」
ベアトリスは異を唱えない。決闘は、もう決まっている。
エテルナは友人の肩から手を離し、足を地面へ据える。そして踵から頭まで、稲妻を昇らせた。
足元のアスファルトが爆ぜた。
彼女が閃光となって消える。サリンタは笑みを広げ、亀裂から炎を漏らす暗い剣を上げて、間一髪で受け止めた。それでも力のすべては抑えきれない。二人は金と赤の同じ光条に縛られ、ともに空へ撃ち上がった。
ガレーネが立っていた建物の裏で轟音が空を照らし、さらに遠くでもう一つが応えた。ほどなく二つの光点が夜を引き裂き、地平線を昇り、落ち、衝突し始める。
誰も話さなかった。もう言葉は必要なかった。
ジョヴァンナの視線がリゼスを捉え、悪魔の紫のオーラが幽鬼の腕を囲んで灯った。マベルはエリンを見据える。組み合わせは同時に決まり、それぞれ反対方向へ飛び出した。
紫と緑が一方へ、青と桃色がもう一方へ消え、そこにはベアトリスと竜の女だけが残った。
ベアトリスはゆっくり息を吐き、地平線の彼方へ遠ざかる爆発を見た。
「はい、行っちゃった。あーあ、炎の女がよかったのに」
それからガレーネへ注意を戻す。
「こっちの吸血鬼のお嬢様で我慢するか。まあ、相手にはなるでしょ」
竜の女の尾が揺れを止めた。
「何? 自分が吸血鬼みたいだって分かってるよね?」ベアトリスは首を傾け、顎に手を当てて、もう一度相手を観察した。「んー......」不意に目を見開き、彼女を指さした。「吸血トカゲ!」
ガレーネの何かが硬直した。肩、視線、体を貫く線のすべてが。急所を突いたと、ベアトリスにはすぐ分かった。
「吸血鬼? 妾をあの不浄な寄生虫どもと比べるでない。所詮は偽者。卑しい害虫の群れじゃ」
氷色の翼をいっぱいに広げる。
「妾は竜族。魔界における唯一にして真なる王統じゃ」
ガレーネの橙色の視線がベアトリスを見下ろす。
「妾の御前に立てることを誉れと思うがよい、人間」
そこでようやくガレーネは屋上を離れた。なお腕を組んだまま、急ぐことなく降りてくる。相手から数メートル先で、足がアスファルトに触れた。
ベアトリスは、その見せ場が終わるまで待った。礼儀正しく。それから親指で肩越しに、背後の廃墟を示す。
「一つ言っとくけどさ。あんたたち、とんでもない騒ぎを起こしたよね。世界一の弁護士でも、これは無罪にできないよ」
ガレーネが眉を上げた。
「ふむ?」
「これ全部」肩越しに手を振った。「めちゃくちゃにしてくれたよね」
竜の女は真顔のままだ。
「ああ、そっちには裁判所も裁判もないんだ。なるほどね」
「無論、法廷はある。ただし道化はこれほど多くない」
ベアトリスは不意を突かれて笑った。
「面白い。冗談も言えるんだ」
ベアトリスが抑えていた炎が体の周囲で濃くなり、巻き髪を持ち上げる。
「さっき名前を聞いたよね。ゆっくり言ってあげる。ベアトリス・ガルジーノ、炎の女帝......」
赤いオーラが、ベアトリスの姿を縁取る。
応えるように風が大通りを吹き抜け、気流がガレーネの周囲を渦巻きながら昇っていく。
「妾は名など尋ねておらぬ。興味もない。ただ、あまり早く死なぬことを願うばかりじゃ」
「言ってるのは......」炎が昇る中、ベアトリスは目を閉じた。「......今夜、私があんたの裁判官で、陪審員で、そして......」
再び開いた目は、緋色に輝いていた。
「......処刑人だ」
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